中国製?HID


私が最初にHIDヘッドライトを付けたのが1997年である。
当時はシステム一式で数十万円はしたと思う。
それが最近ではたった3千円ほどで買えると言うではないか。
バーナーが2個とバラストが2個で3千円、一体どんなコスト構造になっているのだ。
仕入れ元の話だとACタイプが3千円くらい、DCタイプは2千円くらいだという。
仕入れが2千円で売価が3千円なら(利益率的には)十分美味しい商売になる。

そんな中国製と思われるHID一式を入手した。
なにやら安価なHIDバラストはDC点灯だと言われていて、このモデルがDCなのかACなのか調べて欲しいと言われたのである。
調査終了後は頂けるという話なので喜んで調べた。

そもそもDC点灯とは何かという前に、HIDとは何か、か。
HIDは大光量放電管とでも訳せばいいのか、要するに放電管なのである。
放電管は定電圧デバイスなので定電流で駆動する。
放電の最初には高圧でトリガをかける必要があるが、これがイグナイタなどと呼ばれるものだ。

定常放電が開始されると管電圧は60V〜100V程度で落ち着く。
ただしこれでもバッテリ電圧に比較すれば高圧ではあるので、スイッチング電源によって昇圧している。
スイッチング電源のスイッチング周波数は数百KHz(周波数が低いとトランスなどが大型してコストアップ、周波数が高いと損失が大きくなりやすくコストアップ)なのだが、この周波数でそのままバーナを駆動するには問題がある。
バーナ自体の電極やその他が駆動周波数で共振してしまう事があり、最悪の場合は破損するわけだ。
そこで一般的にはスイッチング電源の出力をいったんDCにしたあと、再度数百HzでチョッピングしてAC化している。

DC駆動の場合は常にマイナス側電極が固定されるので、電極が摩耗する。
トヨタの同時点火イグナイタ用のプラチナプラグが、接地電極側にも白金チップが付けられているのと同じで対策が必要なのだ。
通常点火プラグは中心電極側がマイナスになるようになっているので、白金プラグも接地電極側は従来どおりである。
しかし同時点火だとコイルの両端子にプラグをぶら下げる事になるので、片方のプラグは中心電極が+極になる。
すると接地電極側が減ってしまうので、ならばと言う事で接地電極側にも白金チップを付けたというわけだ。

電極摩耗(蒸発)の問題のみではなく、DC点灯の場合は放電の安定性が損なわれやすい。
ちらつきや立ち消えなどが発生する。
プロジェクタなどでは液晶の駆動周波数との干渉を避けるためにDC点灯しているものがあるが、この場合は専用の管球(バーナ)を使う。
自動車用でもDC点灯用のバルブをセットしてありますよと謳う商品もある。

しかし安価な自動車用は専用バーナというわけではなく、摩耗もちらつきも余り気にしないと言う事でコストダウンしているに過ぎない。
AC駆動にそう大きな金額が必要なわけでもないだろうが、とにかく売価が安いのだから1円だって無駄には出来ないのだ。

安価ではあるが、最近では35W品の他に50Wや75Wなんてものまで登場している。
ちなみにここで一般的に言われるワット数は、バーナへの入力電力である。
だが!中国製の一部ではイグナイタへの入力電力で表示しているものがある。
明らかなる確信犯だ。

通常の35W品だとバラストへの入力電力は50Wくらいになる。
この差の15Wがバラスト自身が消費している電力だ。
逆に入力電力が35Wだとすると出力は25Wあたりになる。
中国製のHIDキットが暗いと言われる所以だ。

ハイワッテージの方もインチキ臭いものがある。
まあ入力電力50Wならば出力は40Wあたりで、つまりこれが日本で言う所の35W品に毛が生えてた程度なのでノーマルと変わらぬ明るさだ。
しかし最近では75Wモデルなんてものも登場してきた。
本当に75Wもバーナにぶち込むと、バーナが割れたり電極が溶けたりする。
なので国産の高価格品などは専用のバーナをセットしてきている。
ガラスが厚かったり太かったり、頑張っているなという感じだ。

ようするに35Wのバーナに50Wを突っ込むと言う事は、12V用の電球に17Vを加えるようなものだと思えばいい。
35W用のバーナに50Wを食わせてどのくらい明るくなるかはバーナによっても異なる。
内部の温度やガスの状態、電極などによって出力余裕度が異なるためだ。
一般的にはメーカ品(フィリップスなど)はそこそこ光量増加するようだが、安価なものでは飽和(と言うのか?)する感じで余り光量が増えない。
これは規定外電力でドライブした時に発行スペクトルが変化するからかも知れない。

HIDが定電流駆動だと言う事は、バッテリ電圧が下がると電流は増える事を意味する。
定電流と考えずに定電力と考えれば分かりやすいか。
HIDキットにリレー付きのようなものが多いのはこのためで、通常の電球であれば(点灯時は)電圧が下がると電流も減る。
いわゆる抵抗と同じになっている。
しかし定電力駆動の場合は電圧が下がると電流が増えるので、その電流によって更に電圧が下がり、するともっと電流が増え、結局消えてしまうと言う事にもなる。
消えてしまうと電流がゼロになるので電圧が回復して点灯する。
そして又何かの拍子に電圧が下がると不安定になって消えてしまう。
これを回避するために、バッテリから直接電源を引いて電圧降下を少なくしようというのがリレーの役目だ。

エンジンを停止してHIDライトを点灯させたままにしておくとやがてライトが消える。
バッテリ電圧が下がったのかなと思ってエンジンをかけたけれど再点灯しない。
おかしいなと調べたらヒューズが飛んでいたなんて話がある。
これもバッテリ電圧が下がると共に電流が増え、それによってヒューズが切れたと言う事なのだ。



では問題のHIDキットをテストする事にする。
バラストを見て不信感が高まる事になる。
電源電圧が12Vで定常電流が3.8Aとなっているのだ。
と言う事は入力電力は45.6Wとなる。
が、出力が55Wだと書かれているのだ。
凄い!凄すぎるぞ!入力電力以上の出力が得られるとは、恐るべし。



実際の電流を計測してみると13.2V(中国や韓国製品は13.8Vではなく13.2Vと規定している所が多い)で約3.8Aの電流が流れた。
従って入力電力は約50Wと言う事になる。
バラストの効率が8割程度だと思われるので、40W品である。

バーナ(バルブ)はスイングタイプと呼ばれるものが付属している。



従来からあるものはスライドタイプと呼ばれるもので、バーナが前後に動く。
前後に動くとスリットから光が漏れるようになってハイビームに化ける仕組みだ。
スライドタイプがどういう理屈でハイビームになるのかは今ひとつ良く分からない。
遮光板に穴もスリットもなく、バルブ自体はコネクタあたりを支点として遮光板に近づいたり遠ざかったりするように数ミリ動くだけだ。
動作の様子はこんな感じである。

遮光板が反射鏡的になって何かが起きるのだろうか?
こればかりなヘッドライトケースに取りつけてみないと良く分からない。

さて、問題の点灯方式である。
バーナへのラインの片側が接地されているわけではないので、フローティングで測る。
点灯時は高圧が出るので定常点灯になってから波形を観測した。



矩形波でドライブされており、約232Hz(オシロの表示は0.232KHz)の周波数だ。
当然スイッチング電源の周波数はもっと高い所にあるので、正しくチョッピングされている事になる。
バーナのドライブ電力はインチキだったが交流点灯に嘘はなかったわけだ。
なお定常電流は3.8A程度だが、スタート時には7A以上の電流が流れる。
6Aの実験用安定化電源ではHIDをスタートさせる事が出来なかった。