それは長い日の始まりだった..
3/19(木曜)
チビ(麻衣子,4歳9ヶ月)が風邪をひいたらしい。
元々喉が弱いので咳をしている。熱もあるようなので、近所の開業医へ行くのはいつ
ものこと。
まだ小さい頃は「甘い薬」を喜んで飲んでいたが、最近は「味付け無しの苦い薬」に
なったようで余り飲みたく無さそうだ。
3/20(金曜)
咳も熱も治まってくる。食欲旺盛は相変わらずだが、夜になると咳をする。
本人が寝ているときに咳で起きてしまうと非常に機嫌が悪い。トローチやのど飴を舐
めさせて落ち着くまで付き合うのは結構大変,とは妻の弁。
3/21(土曜)
元気はあるのだが38℃前後の熱が、主に夜間に続く。普通のカゼなら1〜2日程度
で熱が治まるのだが、今回のカゼは強力なのだろうか?
大人ならフラフラになる位の熱でもチビは大丈夫,子供ってのは丈夫なモンである。
昼間は元気なので、午後からは犬と一緒にお散歩,夕方には久々に風呂に入れること
にした。
3/22(日曜)
今日は食欲があまりない。どうも腹の調子が悪いのか?布団の上でおとなしくしてい
る。昼間はビデオを見たりオモチャを散らかしたりといつものパターン,幼稚園が春
休みなのでつまらなそうである。
夕方頃からお腹が痛いと言い出す。食べたものをもどしたりしたが、この時点ではさ
ほど気にしていなかった。
変化が出始めたのは午前2時頃,お腹が痛いと言って転げ回る。吐き気もあるようだ
が、すでに胃の中はカラッポの様子,余り痛いというので夜間急病センターに連れて
いくことにする。
診察の結果、カゼに伴う軽い肺炎,腹痛に関しては腸が動いていないとのこと,医師
は(これも)カゼと発熱のためではないか?と言う。
腸の動きを活発にする座薬(飲み薬は吐いてしまうため)をもらって帰るが、この頃
には腹痛も治まっている様子。
3/23(月曜)
近所の開業医へ行く。食欲が無く、若干腹痛があるという事で薬をもらう。
すっかり食欲が無くなってはいるが、それでもプリンは食べている..
3/24(火曜)
状態にさほど変化はない。相変わらず食欲もなく、いつも膨らんでいたお腹がスッキ
リ,って感じだ。医師には夕方もう一度来るように,と言われたらしい。
2度目の診察で若干薬が変わったようだ。
今日は一日下痢をしていた。下痢は脱水症状につながるので、薬はお腹の状態回復に
効果的なものになったらしい。
下痢があるのでのどが渇くと言い,ポカリスエットをゴクゴク飲む。
水分以外摂取していないため、この時点での体重は19Kg,それまでより1Kg減
っている。
3/25(水曜)
食欲がないのは相変わらず。下痢は治まってきたが、吐き気の方は時間を追うごとに
激しくなる。のどが渇くと言って水やポカリスエットを飲むが、さほど時間をおかず
に吐いてしまう。夜7時頃になってお腹が痛い..と言い始めるので、国際親善病院
に電話をしてみることにした。
夜間だというのに電話対応はきわめて親切,医師は「おそらく脱水症状になっている
はずだから、すぐに連れてくるように」と。
さっそく車で病院に向かう。若干道が混んでいたが、それでも20分ほどで到着。
透視などの検査が終わって点滴を受けるが、その間も「お腹が痛い」とチビは言い続
けている。
透視の結果、(たぶんカゼに伴う)肺炎が見られること,腸の動きが全くないことを
知らされるが、腸が動いていない原因が何であるのかは特定できないらしい。
ただし、この状態は楽観できるものではなく入院となる。腸にはガスと水分が溜まっ
た状態で、これが細菌などによるものか?外科的手術を要するものなのか?この時点
では何とも言えない,とのこと。
点滴と共に、唾液や胃液が腸の方へ流れないように鼻からチューブを入れて吸い出す。
チビはすっかり元気を無くしているが、それでもチューブに違和感があるのか?「喉
が痛い」を訴える。
血液検査の結果「重体ではないが危険がない状態とは言えない」病状。
今日の所は内科的処置を行うが、もしかすると小児外科のある病院へ転院しなければ
ならないかも知れない,と告げられる。
完全看護なので一旦家に戻ることにするが、病院を出る頃には日付が変わっていた..
3/26(木曜)
チビにとって辛く長い一日の始まりである。外は春の日差しが心地よいというのに、
チビは腹痛を訴え続けている。鼻から通したチューブには慣れたのか?諦めたのか?
それとも、その違和感を訴える気力も失せたのか?チューブを通したところが痛いと
は言わなくなっている。
面会に行くとポロポロと涙を流し「そばに居てよ〜」と訴えるのが精一杯の様子。
国際親善病院の検査によると、内科的処置で症状の改善が見られないことから小児外
科(正確には幼児外科と言うらしい)のある病院への搬送が必要と判断された。
この時点で腸閉塞の疑いが指摘される。
この辺りだと神奈川県立こども医療センタ(主に重症患者が処置を受けるところらし
い)か聖マリアンナあたりにしか(この症状ようなに詳しい)医師を知らないので、
そのどちらかに搬送する方がよいだろう,とは国際親善病院側の話し。
担当医は前夜の宿直で、今日の担当は他の医師に代わっているにも関わらず、搬送ま
で見ていてくれた。症状に関しても詳しい説明をしてくれ有り難いことだ。
どちらの病院もベッドの空きがあるか?確認中だが、空きがなかった場合には都内の
病院まで運ぶことになるらしい。
この時点で症状は楽観できるものではないことを告げられる。
近所の開業医も心配して連絡を頂き「腸閉塞だとすると都内まで搬送する余裕はない
だろう」と,遠縁の知り合いが勤務するという総合病院をあたってくれる。
今日の朝の時点では「親善病院でなくて、うちに連れてきたら見るのに」と言ってい
たが、腸閉塞らしいと言うと「それは大変だ」って事になった。
幸いにしてこども医療センタで受け入れてくれる事になり、救急搬送。子供医療セン
タは自宅から車で10分もかからない。近くで良かった..と変な安心をする。
後のこども医療センタの看護師の話によると、かなり「無理矢理」の搬送だったとか。
ベッドに空きがないところを、強引に確保してくれたらしい。
26日午後1時,救急車でこども医療センタ到着,腹痛は周期的にやってくるようで、
そのたびに体をよじって苦しがっている。
腹痛のピークは1〜2分ほどで治まる様子だが、チビは「痛い,痛い,も〜ダメだ〜」
と叫ぶ。
見ているこちらとしても、手足をさすってやるくらいしか出来ない。腹痛が周期的に
起きる中、血液や透視などの検査が行われる,が、その結果によっても腹痛の原因は
特定できないようだ。
診断書には肺炎,腹膜炎,虫垂炎(の可能性)と書かれているが、とにかく開腹しな
ければならないとのこと。
検査が終わり次第手術となる予定だが、午後5時過ぎになるかもしれないと告げられ
る。その間に麻酔医からいくつかの質問を受け,また、麻酔に関する説明を聞かせて
もらう。
チビの搬送されたこども医療センタ,各階ごとに子供の年齢で分けられて病室がある。
チビの入った階には1歳あたりから5歳くらいまでの子供達が入院する幼児外科。外
科病棟だから子供達は何らかの手術を待っているって訳だ。
まだ言葉も分からない,ハイハイがやっとという子供の腕に点滴のチューブが付いて
いたり、3歳か?4歳くらいの男の子が喉からパイプを出して気管に接続し、それで
も元気に酸素発生装置を引きずりながら歩いたいたりする。
その子供は言葉を発音できない(気管が口までつながっていないのだろう)が、上手
な手振りと発声する「音」で感情を伝える。
日中には手話?の先生がやってきて色々教えている。子供の姿に悲壮感は微塵も感じ
られない,明るく無邪気って表現がピッタリの快活な男の子だ。
彼のベッドには(おそらく入院前の)キャンプの写真が貼られていた。兄弟揃って,
またキャンプに行ける日を楽しみにしている事だろう。
夕方になって、麻酔医や担当外科医から再度説明を受ける。
全身麻酔は肺炎を悪化させると言うが、肺炎の回復を待っていられるような状態では
ない,手術室が空き次第取りかかるとのこと。(ちなみに手術室は6つある)
チビの腹痛は周期が短くなり、5分ごとに2分ほど激しい腹痛がある様子だ。残りの
3分間は眠っているのか?まぶたを半分開いた状態で白目を見せるように眼球を動か
しながらおとなしくしている。いや、疲れていておとなしくしているのが精一杯なの
かも知れない。
痛みのために昨日は殆ど寝ていないのだろう。
「もうすぐお腹の痛いところを取ってくれるからね」と言って励ますが、その「もう
すぐ」がなかなかやってこない。
ただチビの体をさすりながら待つ時間の何と長いことか,夕方になって担当医から「
現在の手術が長引いている,今の状態だと(手術開始は)早くても20時半頃になる
だろう」と言われる。
チビの痛みはひどくなるようで、医師は痛み止めを投与してくれる。
痛み止めはすぐに効果を現し、チビは眠りにつく,この時17時。
たまに夢でも見るのだろうか?鼻からチューブを入れている時の事でも夢に見ている
のか?「痛いから止めてよ〜」などと寝言を言っている。
痛み止めのおかげとは言え、ゆっくり眠れたようで少し安心する。
その効果も2時間半ほどで効果を失ったようだ。チビは目を覚まして「痛いよ〜,疲
れたよ〜」を繰り返す。確かに疲れているに違いない。
もうすぐ,もうすぐ手術が開始されるのだ。手術すれば少なくとも腹痛からは逃れら
れるだろう。しかしそれまでの時間は、もはや痛み止めを使うわけにもいかず、手術
までの(おそらく)1時間は痛みと戦わなくてはいけないのだ。何も食べていないは
ずなのに、腹部は時間と共に膨らんで来ている。
腸の一部が詰まって、そこに溜まったもののためだろうか?もはや体を動かすにも痛
みが伴う様子で、じっとひざを曲げた姿勢のまま「痛いよ〜,疲れたよ〜,もうダメ
だよ〜」と繰り返す。
痛みが引いたときに話しかけても、首を振るくらいか,とても小さな声でしか話さな
いのに、痛みを訴えるときはその何倍もの声を上げている。
チビの体をさすりながら無言で待った20時半がやってきた。
手術室への移動準備をしていると、車椅子に乗った男の子が「深夜のオペ出しだね」
と声をかけてくる,「深夜って時間じゃないのよ」と看護婦が受け答えるが、この子
は入院が随分長いのだろう,ベッドの隙間も器用に車椅子で移動している。
チビに付き添って中央手術室に向かう。手術室に入る手前で「痛いところ取ってくれ
るから,ちゃんといい子にしてガンバるんだよ」と声をかけると、チビは左手を,点
滴のチューブの付いた手を軽くあげて、言葉にならない「はい」を伝えてくる。
手術室の扉の向こうにチビが消えていき、そして扉が閉まる,一体どの位の時間を要
するのだろうか?
確かチビが生まれたときの帝王切開は1時間にも満たなかったような気がするな,な
どと思い出してみる。
物心付いてからと言うもの近親者に手術をした人が居ないから、どの程度の手術時間
を要するものなのか,皆目見当が付かないのだ。
待合室からはベイブリッジやランドマークタワーの明かりが見える,それと空調の低
い音,静寂が辺りを支配している。
今頃チビは麻酔の中だろう,夢を見ているだろうか?きっと痛み止めを投与されたと
きより、ずっとずっと深く眠れているはずだ。麻酔中にも夢を見ることがあるのなら、
せめて楽しい夢を見て欲しい。今日も昨日もチビにとっては辛い,とてもつらい時間
だったに違いないのだから。
妻も私も無口になっている。ソファーに寄りかかり時を待つことが全てなのだ。
妻は麻衣子は大丈夫かな…と小さな声で呟いた。私は答えなかった。
大丈夫でなかったらなんて考えたくもなかった。
階下のロビーに下りてみても、そこは消灯時間が過ぎて明かりが落とされ、非常灯と
誰もいない待合室,遠くで低く唸る自動販売機の音だけが耳にとどく。
昼間には患者でごった返し、受付の順番や診察のスケジュールを映し出すテレビモニ
タを見つめる多くの子供達やその家族が居るのに、誰もいなくなった待合室はまるで
廃墟と化したかのようだ。
昨日もその前もチビは痛みで眠れなかったはずだが、私も妻もそれは同じ事。体の痛
みこそありはしないが、深夜まで,そして朝からの付き添いで睡眠時間は極度に少な
い。手術室前のソファーに腰を下ろして寝ていればアッという間に過ぎる時間なのだ
ろうが、別に何を考えるでもないのに眠気はやってこない。
手術の具合を心配しているわけではない,と、自分では思っているし執刀医を信頼す
ることはフツーの患者の普通の事だろう,気持ちが高ぶっているわけではないし、不
思議と手術の様子を想像するわけでもない。
何度見ても余り進んでいない掛け時計,その針も23時を回った。もうすぐ手術開始
から3時間だ。担当女医はこの手術の前にも長時間に渡る手術をしているらしい,大
変な仕事である。
午前0時少し前,手術室の扉が開いた。担当医が出てきて経過の説明を受ける。
腸閉塞の原因は、小腸の一部がねじれたようになっていて血液が流れず、約15cm
程壊死した状態だったという。
その部分の切除が手術のメインだったわけだが、非常に珍しい部位であったことから
手術時間が長くなったという事だ。
原因については不明だが、子供のこの様な症状の場合は先天的な形成異常が考えられ
るらしい。それが高熱や,或いは成長の過程で機能障害となって現れる事がある。
切除した部分は魚の内蔵のような色合いだった。正常な小腸を見たことがないので、
その部分がどれほど異常なのか?よく分からなかったが、血液が流れないことによっ
てすでに腐った状態だと話してくれた。その部分は病理検査に回すと言うことだ。
チビが出てくるまでには、もうしばらくの時間を要した。麻酔によって自律呼吸が妨
げられているとの事,完全に醒めるまでは麻酔医の監視下にあるのだろう。
そしてチビが出てくる。麻酔はほぼ覚めた状態,言葉も話せるが「手が動くから押さ
えて」を繰り返す。看護師さんもチビの言っている意味が分からない様子,腕の感覚
がないのだろうか?
病室に戻るまでの間腕を押さえてあげるが、どうやらまだ感覚が戻らないらしく「手
が動くよ〜」を繰り返している。手を押さえていないと点滴チューブの付いた手を振
り回してしまう。
長時間に渡った手術の割には元気な声だ,顔色もさほど悪くはない。ひとまず安心と
言ったところか。
病室に戻るとすぐにベッド上での透視,その後点滴や鼻のチューブ,尿のチューブ,
背中にもチューブが差し込まれる。
このような(チビの年齢にとっての)大手術の場合、腸が動き出すまでに10日くら
いは必要かも知れないと聞かされる。その間は点滴のみによって栄養補給を行うが、
幸いにして心臓その他に疾患がないので、これまで通り静脈からの点滴を行うとのこ
とだ。これがもっと長期間に及ぶ点滴や、体力の衰えが著しい場合には心臓に近い動
脈に点滴チューブを付けるのだそうだが、今回はその処置は行わなかったとのこと。
チビの周りには多数の機器が並び、いくつかは無線でリモート監視されている。
本人は痛み止めのためか?或いは疲れているのだろうか,穏やかに眠っている。
術後の痛みは伴うはずだが、傷の痛みの方がこれまでよりどんなにマシか,今晩はゆ
っくり眠るがいい。
一応落ち着いた様子を見て一旦帰宅することにするが、時計を見ると午前2時を回っ
ていた..
2/27(金曜)
朝から病院へ出掛ける。予想通り肺炎は悪化し、大気からの酸素摂取がうまく行かな
いらしい。尿の量も少ないとのことで、顔もむくんでいる。
肺炎に関しては軽度の酸素吸入(加湿器と一体になっているようなもので、ホースの
先から水蒸気を含んだ希釈酸素が出ている)で血中酸素濃度を維持している。
左肺の機能がかなり低下しているとのこと,ただし、それも回復傾向にあるので特別
心配するほどのことではないようだ。
心配された尿に関しても、同日午後には増えてきた。傷口が痛むようだが、痛み止め
の投与を受けると眠りにつく。たまに目を覚ますが、手をさすってやるとそのまま寝
付いてしまう。
鼻からの胃まで通したチューブで吸引(10cm H2O程度の負圧)している胃の内容物は、
胃液と唾液などが主たるものだが、1日で100cc以上溜まる。昨日まではその中に
(古い)血液が混じっていたが、今日はその様子もない。
チューブを通ってくる液体は黄色っぽい感じだが、それがタンクに溜まって時間がた
つと緑色に変化するようだ。
点滴と言えば、チューブの途中に付けられたタンク?の様なところの,時間当たりの
水滴の落ちる数で量を手動?で決めるものしか知らなかったのだが、チビに取り付け
られているのは電気式のポンプで流量設定が1cc/時間,分解能で設定できるもの。
痛み止めや抗生剤を入れるときには、電動注射器押し機?みたいなものが登場する。
こちらは0.1cc/時間,までの分解能があった。
酸素吸入(顔の近くに加湿器付き希釈酸素のホースが来ているだけ)も、酸素濃度計
で測定しながら希釈度合いを調整している。
大人と違って薬の量などにも精密性が求められるのだろうか?
数時間おきに医師が現れて各数値がチェックされ、その都度吸入酸素濃度も変えられ
ていた。
午後になるとチビを眠りからさます。余り寝てしまうと夜寝なくなるからだそうだ。
油断していると寝てしまうので、何とか興味をそそるような話をしなければいけない。
体の痛みはあるはずだと看護婦は言うが、それでも手術前の痛みに比べれば軽いのだ
ろう。体を動かすと「お腹が痛い」というものの、比較的おとなしくしている。
今のところは蚊の鳴くような,小さな声で口数も少ないが、むくみが少しある程度で
回復傾向が見て取れる。
夕方には「お腹がグルグルしてる」と言う。空腹を訴えるようになったから、かなり
正常化に向かっているのだろう。看護婦さんは聴診器を当てながら「まだお腹がちゃ
んと動いていないからね,何日かしたらこれ(鼻から入れているチューブ)を取って
もらうからね,もう少しガマンしてね」と,チビに説明する。
今日は面会時間内のみで帰宅することにするが、それをチビに伝えるとチビの目から
は涙があふれ出す。
「麻衣子が寝ているうちに帰ろうか」と言うと、それはイヤだという。
病状が幾分回復に向かうと、病院に残された自分を考える余裕が出来るのだろう。「
明日は来てくれるの?」とか「何時に来てくれるの?」,「お父さんとお母さんと2
人で来てくれるの?」と涙声で訴える。
面会時間終了と共にフロアは鳴き声であふれる。小さな子がママ,ママ,と泣きなが
ら廊下で母親を捜す。一人が泣き出すと、その声に釣られてみんなが泣く。チビにも
「麻衣子が泣いたら隣の子も泣いちゃうからね,隣の子は麻衣子より小さいんだから
泣いちゃったら可哀想だよね」と言うと、本人も泣きそうになりながらうなずいてい
た。
19時,面会時間のリミットとなった。明日は本とオモチャを持ってくるから,と言
い,それと、泣いて看護婦さんを困らせないように言って病室を出ることにする。
椅子から立ち上がった所で「オトーさん,ティッシュ取ってくれる?」とチビが言う。
「なんだか涙が出そうな気がするの..」とはチビの弁。
普段から「泣き虫は川に捨てちゃうよ」と言っているせいか?泣いてない,ただ涙が
ちょっと出ただけ..なんて言う。
病室から出て振り返ると、体を動かすと痛いと言っていたチビが精一杯振り向いて手
を振っていた,両方の目からあふれ出る涙をティッシュで拭おうともせずに..
3/28(土曜)
今日は午後2時の正規面会時間開始から病室に入った。
酸素吸入は不要になり尿のチューブも外されていた。顔のむくみも随分取れてきて、
だいぶ回復している様子だ。タンのからみも自分で咳が出来ると言うことだし、リモ
ート監視装置?(脈拍や血中酸素濃度を測っているらしい,センサは足に付けられて
いたが詳細は不明)も必要なくなった。
腹痛を訴えてから危険一歩手前の状態までも早かったが、回復もまた早そうである。
面会に行ったときにはお昼寝中,その後目を覚ますと、午前中にはベッドで横向きに
なって「ぬり絵」をしていたと言う。体を動かすと痛みはある様子だが、特に痛み止
めを追加するような必要はないらしい。
追加,と言うのは、手術後から背中にチューブで痛み止め(らしい)を注入している
のだ。点滴と違って、大きな注射器の中に風船状のものに入った液体が自然注入され
るような..何とも説明が難しいモノが接続されている。
そこから出たチューブは中継器具?に入った後、非常に細い,外径2mm程度のチューブ
で背中につながっている。
チビの様子を見ていたときに気が付いたのだが、その細いチューブをちぎってしまっ
たらしい。体を動かせるようになったので動いているうちに細いチューブの方が、途
中の器具の所で切れて(外れて)しまっていた。
あれっ?と思ってよく見ると、切れたチューブの先端から薬液がしみ出している。
看護婦さんに報告すると、すぐに麻酔医が呼ばれてチューブを外してしまうことにな
る。薬液の残量は2割以下だろうか?太い注射器状のモノの中の風船は小さくなって
いる。
チビも痛みを訴えないので、チューブの先端の背中に挿された針ごと取り外され消毒
などを受ける。
外が暗くなってくると面会時間の終了を意識しはじめるのだろう,チビの顔色が曇っ
てくる。今日は隣のベッドに新顔さんがやってきた。黄疸が激しいことは顔色を見て
も分かるくらいだし、腹部が異常に膨れている。まだ2歳くらいだろうか?その女の
子は。テレビを見たり寝ているときにはおとなしいのだが、ちょっとご機嫌を損なう
とずーっと泣いている。看護婦さんがあやしていれば泣きやむが、他の子供の世話を
はじめると間髪おかずにビービー泣く..で、チビのオモチャでその子をあやしてい
たら,チビがヤキモチ焼いて怒った。
面会時間が終わろうとしている頃は、チビもご機嫌斜めだったのだ。チビには「隣
の子が泣いたら名前呼んであげてね」と言い聞かせると、その子が泣く度に(小さな
声で)名前を呼んで手を振ったりしているが、意志はその子に伝わらないようだ..
チビの方も周りの状態を意識できる程度にまで回復していると言うこと,今日は、体
を動かす度に「痛い..」と言うのと「お腹が空いた」を繰り返していた。
たぶん水が飲めるようになるのにあと数日,その後の様子次第で、ものが食べられる
ようになるのはもっと先になるはず。後しばらくは空腹と戦わなくてはいけないのだ
ろう。
19時迄の面会時間が終了する,チビは昨日より泣いている。回復が進むに連れて甘
える余裕が出てきたのだ。「明日の2時になったら来るから」と言うも「もっと早く
来てよ〜」と泣き「寝ていればすぐ朝になるから」と言っても「きっと眠れないよ〜
,朝が来ないかも知れないよ〜,2時より早く来てよ〜」とべそをかいている。
昼間には「おとうさん,会社休んで来ると(会社の人に)怒られちゃうんじゃないの」
とか言うので「今日は土曜日だから会社はお休み」なんて会話をしていたのと大違い。
自分だけが残されてしまうと言う恐怖感?は大きいのだろう。
入院期間が随分長い子供達でも面会終了間際には一斉に泣き出す。小さな子が病院に
お泊まりなのだから不安も大きいはず,だが、こればかりは仕方ない。
そう言えば今日は泣きながら廊下で親を捜す子供達が見あたらない,症状の軽い子供
達は一時帰宅を許されているのだろうか?
泣く気力もなくして腹痛に喘いでいる姿を見るのも辛いが、きっと回復が進むにつれ
て寂しがり度合いも増幅されていくのだろう,ちょっと先が思いやられる..
余り涙を流すと、鼻に入れたチューブを固定している絆創膏?(伸縮性のある布製の
テープのようなもの)が濡れてしまう。
涙を拭くためのティッシュを渡し「あした急いで来るからね」と言って廊下に出ると、
大粒の涙をポロポロ流しながら手を振ってくれた..
3/31(火曜)
日曜日以降は仕事のため面会に行っていない。従ってチビの様子は妻に聞く限りであ
る。
今日は鼻から胃に通されたチューブも外され、点滴スタンドを押しながら歩いていた
そうだ。
夕方には水曜日以降1週間近くも口にしていなかった「たべもの」が与えられた。
おもゆ,コンソメスープ,カルピスがその夕食なのだが、余程腹が減っていたのだろ
う,キレイに平らげたそうである。
看護婦さんによると「決しておいしくない」らしいが、チビは「おいしい,おいしい」
と言いながら残さず食べた。1週間ぶりの食事は嬉しかったに違いない。
水分が摂取できるようになるまでに10日くらいかかるのではないか?と(手術後に)
説明を受けたが、その半分の日数で食事が出来るようになったわけだ。
体が動かせるようになってストレスも幾分減ったのか?面会時間の終了での「泣き方」
も大げさではなくなったようだ。
それでも朝の8時頃から(面会時間の)「まだ2時にならないの?」と看護婦に聞くの
は相変わらずだそうだが、泣きもせずに「2時」をひたすら待ち続けているらしい。
この分でいくと退院の日も意外に早くやってくるかも知れない。
近所の幼なじみ,(って、まだ幼いけど)の女の子が今年からチビと同じ幼稚園に入園
する。チビは一緒に幼稚園に行くことを楽しみにしていたのだが、入園式は10日,こ
の日には間に合いそうにないが、そう遅くない日にも一緒に幼稚園に行ける日がやって
くるだろう。
2006年正月追記
おかげさまで麻衣子も来年は中学生になる。
相変わらず別れには弱く涙もろいが、元気に大きく成長している。
小学校では身長が高い方で、今現在は160cmほどになっている。
足は(遺伝だろうなぁ)大きく、25cmは妻のサイズを5mmほど超えた。